大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(行)88号 判決

原告 高橋議平 外三名

被告 玉川全円耕地整理組合 外一名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告ら訴訟代理人は、「別紙物件目録(一)記載の土地」につき原告高橋議平の、同二につき原告宍倉文司の、同三につき原告飯田兼照の、同四につき原告広田弥吉の各所有権を確認する。被告玉川地区全円耕地整理組合(以下被告組合という。)は、前記一の土地につき原告高橋議平に、同二の土地につき原告宍倉文司に、同三の土地につき原告飯田兼照に、同四の土地につき原告広田弥吉に対し、それぞれ、所有権移転登記手続をせよ。被告鈴木芳夫は、原告高橋議平に対し前記一の土地を、原告宍倉文司に対し同二の土地を、原告飯田兼照に対し同三の土地を、原告広田弥吉に対し同四の土地を、いずれもその地上に植栽している植木を撤去のうえ各明け渡せ。訴訟費用は被告ら両名の負担とする。」旨の判決並びに明渡しを命ずる部分につき仮執行の宣言を求めた。

被告ら訴訟代理人は、本案前の申立として、「原告らの各請求を却下する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、本案につき「原告らの請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」旨の判決を求めた。

第二、原告らの主張

一、請求原因

(一)  別紙物件目録(一)記載の各土地(以下本件土地と総称する。)は、もと訴外戸浪春雄が所有していた農地であるが、自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第三条第一項第一号の規定により昭和二三年三月二五日付で買収期日を同月二日として買収され、さらに同法第一六条第一項の規定により同日売渡期日を同月二日として別紙物件目録(一)記載の一の土地は原告高橋に、同二の土地は原告宍倉に、同三の土地は原告飯田に、同四の土地は原告広田にそれぞれ売り渡され、原告らはいずれも、右各売渡しの対価を支払い、右各土地の所有権者となつた。

(二)  前記買収処分及び売渡処分(以下本件買収及び売渡処分という。)当時、本件土地は、被告組合において東京都世田谷区玉川用賀町附近一帯の土地と共に耕地整理を実施中のものであり、その耕地整理はまだ完了していなかつたため、新地番が定められておらず、そのためにやむをえず、世田谷区用賀町一丁目一二七号という整理上の地区番号をもつて本件土地を表示し、本件買収及び売渡処分がなされたが右売渡処分に基づく原告らの所有権取得登記については、東京法務局世田谷出張所昭和二五年七月二〇日受付第九〇二一号ないし第九〇二四号をもつて、本件土地の旧地番である東京都世田谷区玉川用賀町一丁目一、四四六番地の一ないし四の土地(別紙物件目録(二)記載の土地)につきそれぞれ自創法第一六条による政府売渡しを登記原因として原告らの各所有権取得登記がなされた。

(三)  ところがその後前記耕地整理完了の結果、本件土地につきそれぞれ別紙物件目録(一)の一ないし四のとおりの新地番が設定され、昭和二八年八月一〇日付で登記簿上もその旨の表示がなされたので、当然右新地番の土地につき原告らの各所有権取得登記がなさるべきものであるところ、いかなるわけか、登記簿上は、すでに昭和二五年五月一一日付で旧所有者大蔵省から被告組合が払下げを受けてその所有権を取得した旨記載されている。しかしながら、世田谷区用賀町一丁目一二七号の土地といい、同区同町一丁目一、四四六番地の一ないし四の土地といい、別紙物件目録(一)記載一ないし四の土地といい、その表示こそ異なれ、いずれも同一土地であつて、右各表示の相違はたまたま右土地が上記のように耕地整理施行中の土地の一部で、地番が不確定であつたために生じたものにすぎず、現在においては別紙物件目録(一)記載の土地としてのみ存在するものであるところ、該土地はすでに買収売渡しによつて原告の所有となつたものであること上記のとおりであり、被告組合はこれにつき所有権取得登記を保有すべき理由はないのであるから被告組合は、原告に対して、それぞれ所有権移転登記をすべき義務がある。

(四)  被告鈴木は、被告組合の用賀東耕区副区長の職にあつて、同耕区の実権を握つていた者であるが、本件土地についてなんらの権限もないのにその全部を不法に占有し、その地上に営業用の植木を植栽しているので、同被告は、それぞれ請求の趣旨記載のとおり右植木を除去して本件土地を各その所有者たる原告らに明け渡す義務がある。

二、被告らの抗弁に対する答弁及び再抗弁

(一)  被告らの抗弁事実は全部否認する。もつとも原告らは、昭和二八年五月一四日、訴外東京都世田谷区玉川地区農業委員会(以下委員会という。)から、同年三月一六日付で本件土地の買収及び売渡処分を取り消した旨の通知を受けとつたが、委員会は買収処分及び売渡処分を取り消す権限を有しないので、仮に右通知のとおり委員会が本件買収処分及び売渡処分を取り消したものとすれば、それは権限なき行政庁の処分として当然に無効である。すなわち、農業委員会等に関する法律(昭和二九年法律第一八五号による改正前のもの・以下農業委員会法という。)第四九条により市町村農業委員会が処分の取消しをなし、都道府県知事の確認を求めることができるのは、同法第六条第一項に掲げる事項に関する処分に限られるものであるところ、同項に掲げる事項とは、市町村農業委員会の所掌事務であつて、本件にあつては同項第一号の、「自創法その他の法令によりその権限に属させた自作農の創設及び維持に関する事項」であり、自作農の創設及び維持に関して市町村農業委員会のなしうる権限は農地等の買収計画及び売渡計画の樹立であつて、都道府県知事の権限である農地等の買収処分及び売渡処分には及ばないのであるから、市町村農業委員会が買収処分及び売渡処分の取消しの権限を有しないことは明らかである。しかして右のように市町村農業委員会に買収処分及び売渡処分の取消権限がない以上、これに対して単に上級行政庁が下級行政庁に対して有する審査監督権の行使にすぎない都道府県知事の確認があつたからといつて、右取消処分が適法になることのないことも当然である。

(二)  仮に、委員会のした取消処分が本件買収計画及び売渡計画の取消しであつて、本件買収処分及び売渡処分の取消しでないとしても右処分には次のような重大かつ明白な瑕疵があるから無効である。

(1) 市町村農業委員会の行う買収計画及び売渡計画は、都道府県知事の行う買収処分及び売渡処分の前提手続にすぎず、一旦知事の処分が行われた以上は、その後において買収計画及び売渡計画の違法が発見されても、都道府県知事が右計画に基づいてした買収処分及び売渡処分の取消をなすべきものであつて、市町村農業委員会が右買収計画及び売渡計画を取り消し、これによつて知事のした買収処分及び売渡処分の効力を覆滅することは許されない。

(2) のみならず、委員会が原告らに対してした通知は、本件買収処分及び売渡処分の取消しの通知であつて本件買収計画及び売渡計画の取消の通知ではなく、後者については委員会はなんら適法な告知をしていない。

(3) 本件農地売渡処分のように、原告ら耕作者に農地の所有者として権利や利益を与える処分については、処分をした行政庁は、その処分に拘束され、処分後に自ら錯誤を理由としてさきの処分を取り消すことは原則として許されない。もし、行政処分が処分庁の錯誤に基いたとの理由でこれを取り消すことができるとすれば、その原因となつた錯誤の認定が恣意に陥りやすく、当事者の権利や利益を侵害しやすいのみならず、処分庁の錯誤は行政庁の単なる内部事情にすぎないから、かかる錯誤を理由に処分を取り消すことができるとすれば法的秩序に客観的安定性を欠くことになるので、これを取り消すべき公益上特段の必要のある場合に限り例外的にその取消しが許されるものといわなければならない。本件についてこれをみると、昭和二七年九月二七日付本件買収計画取消確認申請書(乙第六号証)及び売渡計画取消確認申請書においては、委員会会長が都知事あてに「錯誤を発見した」旨記載して本件土地についての買収計画及び売渡計画取消しの確認申請をなし、都知事は昭和二八年三月一六日に、いずれもこれを確認する旨の確認書(乙第五及び第七号証)をもつてこれを確認しているのであるが、原告らが自創法第一六条によつて本件土地の各売渡処分を受けたのはいずれも昭和二三年三月二日であり、この日から原告らはそれぞれ原始的に本件土地の所有権者となつたのである。このように一旦確定した行政処分を数年を経て行政庁が錯誤を理由に取り消すことは、すでに述べたとおり農地売渡処分における法的秩序の安定性を破り、農耕者の地位の安定をはかる農地調整法や自創法の目的に反するものであることは明らかであり、他面右の法的秩序に優位せしめなければならない程度にさきの売渡計画ないし売渡処分を取り消すに足りる公益上の必要性は、右各確認申請書及び確認書にはなんらの記載がなされておらず、その実質的理由もないのである。

また、本件土地の買収処分及び売渡処分について原告らの側に詐欺等の不正行為のなかつたことは、もとよりのことであるから、たとえ委員会が本件買収計画及び売渡計画に錯誤があつたことを発見したからといつて、それだけの理由で原告らに対する本件売渡計画を取り消し、これによつて売渡処分の効力を覆滅することは許されない。

(4) 被告らの主張する本件買収計画及び売渡計画の取消事由は存在しない。昭和二〇年五月一日に訴外戸浪春雄から同森住平吉に本件土地が売り渡された事実はない。委員会は本件買収計画を定める前、あらかじめ昭和二二年三月本件土地につき一筆調査をしたが、その際森住は、在村者として右調査を十分知つていたにかかわらず、自己の所有権を主張することもしなかつたし、また都知事が戸浪春雄を本件土地の所有者としてこれに対して買収令書を交付したところ、戸浪は異議なくこれを受領し、かつ、その買収代金の支払をも受けているのであつて、本件土地の買収計画及び買収処分に対しては、戸浪からも森住からも、異議の申立その他の苦情が出されることなく、平穏かつ公然に買収手続が完了したのである。のみならず、森住は本件土地から離作することを承諾し、昭和二四年一一月二〇日に離作承諾書(甲第一七号証)を委員会に差し出しているのである。これらの事実からみても戸浪から森住への本件土地の売買が存在しなかつたのは明らかであり、委員会がその後本件土地が買収処分当時戸浪の所有でなく森住の所有であると認めた根拠である昭和二〇年五月一日付の本件土地の売買契約書のごときは、買収計画の基準日たる昭和二〇年一一月二三日以前にかかる売買が行われたことを仮装するために作成された虚偽の文書にすぎない。

したがつて、本件買収計画及び買収処分には、なんら所有者を誤つた瑕疵はなく、適法なものであるのに、かかる瑕疵があつたものとして本件買収計画及び売渡計画を取り消した委員会の処分こそ、重大かつ明白な瑕疵のある処分というべきである。

(三)  本件土地につき昭和三五年八月二二日付をもつて被告組合から訴外森住誠一外六名に対し所有権移転登記がなされたことは認めるが、右土地については昭和三四年九月一七日付で処分禁止の仮処分命令があり、その旨が登記簿に登載されているから、被告組合は右譲渡をもつて原告らに対抗することはできない。

第三、被告らの主張

一、本案前の抗弁

原告らの本訴請求は、農業委員会がした本件売渡計画取消処分の無効を前提とするものであるが、一般に、行政処分の無効を前提として一定の私法上の権利関係について請求をする場合には、まず、訴訟上行政庁または国もしくは公共団体に対し当該行政処分の無効確認の訴えを提起し、その無効確認の判決を得たうえでなされるべく、かような段階を経ないで直ちに私人に対して処分の無効を前提として私権の回復を訴求することは許されないものと解すべきである。また自創法第四七条の二には同法に基づく行政庁の処分で違法なものの取消しを求める訴は一定期間以内に提起しなければならないと定めているが、これは農地に関する法秩序の早期安定を目的とするものであるから、同法に基づく権利義務の変動については右規定の枠内においてのみ不服の主張が許さるべきもので、行政処分の当然無効を理由にこの規定の趣旨を回避せんとするがごときことは許されないから、前記農地売渡計画取消処分があつたことを知つた日から一カ月を経過して提起された原告らの本訴請求は、この点からも不適法なものとして却下さるべきである。

二、本案の答弁および抗弁

(一)  原告らの本訴請求原因中、本件土地がもと訴外戸浪春雄の所有に属していたこと、本件買収処分及び売渡処分がなされた当時被告組合が本件土地を含む附近一帯の土地について耕地整理を実施中であつたこと、別紙物件目録(二)記載の土地について原告らのために自創法第一六条による売渡しを原因とする所有権取得登記がなされたこと、同目録(二)記載の四筆の土地が同目録(一)記載の四筆の土地と事実上同一の土地であること、右の土地のほかに東京都世田谷区玉川用賀町一二七号という土地が存在しないこと、同目録(一)記載の土地につき原告ら主張のごとき登記がなされていること、被告鈴木が本件土地を占有し、地上に植木を植栽していることはいずれもこれを認める。本件土地につき東京都知事が原告ら主張のごとき売渡処分をしたことは不知、その余の事実は否認する。

(二)  仮に本件土地につき原告ら主張の買収処分及び売渡処分があつたとしても、右買収処分及び売渡処分の前提となつた買収計画及び売渡計画は、その後それぞれ適法に取り消されたから、右買収処分及び売渡処分はいずれもその効力を失つた。すなわち、本件土地は、昭和一四年五月被告組合の換地残存地として被告組合から訴外戸浪政次郎に売却され、同年六月一六日右政次郎の死亡によりその子戸浪春雄が相続によつてその所有権を取得し、戸浪春雄は昭和二〇年五月一日右土地を代金一坪当り一七円計金一二、九二〇円で当時同人からこれを賃借して耕作していた訴外森住平吉に売り渡し、森住は内金として同日金二、九二〇円を戸浪に支払いその所有権を取得したが、当時本件土地は被告組合による耕地整理の施行中であつたため、右売買による所有権移転登記ができず、これに代る方法として昭和二一年八月一〇日被告組合に右戸浪から森住への所有権移転の届出をした。従つて本件土地の買収処分当時、本件土地は森住平吉の所有であり、かつ、その耕作するところであつたから、元来自創法による買収処分の対象とされるべきではなかつたが、玉川地区農地委員会及び東京都知事は本件土地の所有者を戸浪春雄と誤認したため、上記のように本件土地を買収、売渡処分の対象とするにいたつたのである。しかしその後森住から本件買収処分及び売渡処分の不当であることが訴えられた等のことから、玉川地区農業委員会においても鋭意調査を続けた結果、本件土地が買収処分当時戸浪春雄の所有でなく、耕作者である森住平吉の所有であつたことを認め、昭和二七年九月一九日の委員会の総会においてさきにした本件土地の買収計画及び売渡計画は誤りであるからこれを取り消すべきものである旨の決議をなし、翌昭和二八年三月一六日これに対する都知事の確認を得たので、同年五月一四日付文書をもつて原告らに対しその旨を通知し、その頃原告らは右通知を受領した。従つて、本件農地に対する買収計画及び売渡計画はいずれも適法に取り消され、右各処分を前提とする本件買収処分及び各売渡処分もその効力を失つたから、右各売渡処分によつて取得した原告らの本件土地に対する所有権も消滅したものである。

(三)  仮に原告らが本件農地の所有者であるとしても、本件農地については昭和三五年八月二二日付で被告組合から訴外森住誠一外六名に対し所有権移転登記がなされており、被告組合はもはや右土地の所有名義人ではないから、原告らの被告組合に対する移転登記手続の請求は失当である。

三、原告らの再抗弁に対する反論

(一)  本件買収計画及び売渡計画の各取消しは適法なものであり、仮に、瑕疵があるとしても、またそれが重大なものであるとしても、行政処分を無効ならしめるに足りるほど明白な瑕疵とはいえない。

(1) 本件買収計画及び売渡計画の取消しにおいて、その各確認申請書(乙第六及び第八号証)及び各確認書(乙第五及び第七号証)中取消しの対象たる処分の内容が明確でない憾みはあるが、委員会が昭和二七年九月一九日の総会において取り消した処分は本件買収計画及び売渡計画であり、これに基づいて委員会が都知事に対してその処分の確認を申請し、都知事は、この委員会の申請を容れてそれぞれ確認しているのであるから、文書の表示上買収処分及び売渡処分の取消しであるかのようにみられる点があるとしても、取消しの対象たる処分が買収計画及び売渡計画であつて、買収処分及び売渡処分でないことは疑いを容れない。原告らに交付された処分取消通知書(乙第九号証)も、その内容を合理的に解釈すれば、そこにいう買収処分及び売渡処分が買収計画及び売渡計画を指すものであることを容易に察知することができるから、右用語の不完全をもつて直ちに取消処分に瑕疵があるとすることはできないし、いわんやその瑕疵を重大かつ明白なものとすることはできない。

(2) 行政庁の行政処分には本質的に司法裁判におけるような形式的確定ということはなく、行政処分に過誤が発見されれば、処分行政庁は自らこれを取り消すことができるものであり、ただ、ある処分を取り消すことによつて第三者の既得権を侵害する場合には、原告も主張するとおり、その既得権の侵害を正当化するだけの強い公益上の必要性の存することが要求されるにとどまる。しかし、本件の場合、原告らは本件土地の売渡しを受けながら、その後一度も本件土地を耕作したことがなく、かえつて森住が終戦前から引き続いて耕作し、昭和二五年九月四日同人の死亡後はその相続人である妻森住ダイ及びその子らにおいて、昭和二七年九月一五日以後は森住ダイらから本件土地を買い受けた被告鈴木において、引き続きそれぞれ耕作してきたのであつて、原告ら四名は単に記録上農地買受人として取り扱われていた者にすぎないのであるから、委員会が本件売渡処分の完結後に売渡計画を取り消したからといつて、原告らの既得権を侵害したものということはできない。殊に、本件の場合は、在村地主の自作地を不在地主の小作地と誤認して買収したものであり、本件売渡計画の取消しは、かえつて違法に侵害された森住の権利とともに、法的正義を回復するゆえんであつて、それ自体公益に合致するものというべく、その反面において違法処分によつて設定された原告らの権利を失わしめたからといつて、右取消処分を違法とすることはできない。

(3) 自創法は、買収及び売渡計画の取消しについて別段の定めをしていないのであるから、その告知は当該処分庁たる市町村農業委員会において任意の方法によつてすれば足りるのであつて、本件においては、原告らに対する処分取消通知書(乙第九号証)の交付によつてその告知がなされているほか、委員会の者から口頭により本件土地の売渡手続一切が取り消された事情を原告らに詳細に説明しているから、本件売渡計画の取消しについての原告らに対する告知は適法になされたものというべく、告知を欠くとする原告らの主張は理由がない。

(二) のみならず、本件において、都知事が委員会の売渡計画取消確認申請に対してした確認の行為は、委員会の本件売渡計画取消しに対する確認であるとともに、あわせて都知事が本件売渡処分を取り消す行政処分を包含しているものと解することもできるのである。すなわち、都知事が売渡計画の取渡しを確認する以上、それは右売渡計画に基づく一切の売渡手続を無効にすることを認めたものにほかならず、従つてそこには、明示的な表示はなくとも、さきにした売渡処分を取り消す旨の暗黙の意思表示が含まれていると解するのが合理的である。そして右売渡処分の取消しについて都知事の原告らに対する告知はそのものとしてはなされていないが、売渡処分の取消しの告知方法についても自創法は特段の定めがなく、任意の方法によれば足りるのであるから、前記委員会のした処分取消しに対する都知事の確認があつた旨の通知は同時に都知事による売渡処分取消しの告知としても十分なものということができるのである。従つて、都知事の処分によつてのみ本件売渡処分は取り消されうるとする原告らの主張は、右のとおり都知事において取消処分がなされ、かつその告知がなされている本件にあつては主張自体意味のないものである。第四、被告鈴木の附加主張とこれに対する原告らの反論

一、被告鈴木の附加主張

被告鈴木は、昭和二七年九月一五日、森住平吉の相続人森住ダイら母子八名から本件土地を代金四〇万円で買い受けてその所有者となつたものであるが、本件土地は一旦は原告らに農地売渡処分がなされたものとされ、かつ、その旨の登記がなされていたので、将来紛争を起こすことを避けるため、予め原告広田弥吉を除くその余の原告ら三名に対し本件土地について同人らが支払つていた測量費、石杭代、一年分の土地の税金及びその他の諸費用としてその実費の倍額約一千円ずつを支払い、さらに原告高橋議平に対してはその交渉に協力してもらつた謝礼の趣旨で別途に金二、〇〇〇円を贈与し、右原告ら三名は、被告鈴木が森住ダイらから本件土地を買いうけ、その所有権を取得することを了承し、原告高橋は、前記金額の引き渡しと引替に同原告分の本件土地登記済権利証を被告鈴木に手交し、鈴木はこれを委員会に提出した。このような次第であるから、少くとも原告広田を除く原告ら三名が右了解の趣旨に反して被告鈴木の本件土地所有権について争うことは、信義則上も許されないところというべきである。

二、原告らの反論

原告広田を除く原告三名が被告鈴木芳夫が本件土地を買い受けるについて異議を述べない旨約束をしたとの点はすべて否認する。もつとも、原告広田を除くその余の原告らが被告鈴木からその主張のように金五、〇〇〇円を受領した事実はあるが、右は元来地区農業委員会の負担すべき、本件土地を原告ら四名に分筆登記をするについての測量費、分筆費用及び石杭代のほか原告高橋議平が測量士、立会人等の慰労のために提供した酒肴費の実費の弁償として受領したものにすぎず、被告鈴木の主張する本件土地売買とはなんらの関連性のないものである。また、原告高橋議平が登記済権利証を農業委員会に一たん返還したことがあるが、右は、その頃、農業委員鈴木清から「戸浪春雄と森住平吉間の本件土地の売買契約が、基準日たる昭和二〇年一一月二三日前に公正証書をもつてなされているから、原告に対する売渡処分は結局無効になるので登記済証を委員会に返えして貰いたい」旨虚偽の事実を告げられ、その旨誤信せしめられたことによるものであり、被告鈴木の主張するように同原告が戸浪春雄、森住平吉間の売買契約の成立及び被告鈴木による本件土地の所有権取得を認めたためではない。

第五、立証〈省略〉

理由

第一、本案前の主張について、

被告ら訴訟代理人は、原告らの本訴請求が行政処分の無効を前提とするものであつて、かかる場合にはまず当該行政処分について無効確認の判決を得たうえで本案の請求をすべきものである旨主張するが、行政処分が当然に無効である場合においては、行政庁または行政権の主体たる国もしくは公共団体を相手として右処分の無効確認の訴を提起し、勝訴判決を得たのちでなければ訴訟上右処分の無効を主張する訴えを提起することはできないと解すべき理由はないから、原告らの上記主張は採用の限りでない。また被告らは、かかる訴訟を認めることは自創法が同法に基づく行政処分に対する不服訴訟の出訴期間を定めた趣旨に反するものであると主張するけれども、右出訴期間は、行政処分に取り消さるべき違法がある場合にこれを主張してその取消しを求める訴えに関するものであつて、右処分に重大かつ明白な瑕疵があるため、それが当然に無効であることを主張する場合にも適用せられるものではなく、かような当然無効の行政処分については、いつでも、またいかなる形でもこれを主張することが許されるのであるから、被告らの右主張も理由がない。第二、本案に対する判断

一、本件土地がもと訴外戸浪春雄の所有に属していたこと、昭和二三年頃被告組合が本件土地を含む附近一帯の土地について耕地整理を実施中であつたこと、別紙物件目録(一)記載の四筆の土地が同目録(二)記載の土地と事実上同一の土地であること、同目録(一)記載の土地について被告組合のため原告ら主張のごとき所有権移転登記がなされており、他方同目録記載(二)の土地について原告らのためにそれぞれ原告ら主張のごとく自創法による政府売渡しを原因とする所有権取得登記がなされていること、別紙物件目録(一)記載の各土地のほかには東京都世田谷区玉川用賀町第一二七号という土地が存在しないこと、被告鈴木が本件土地を占有して植木を栽植していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二、前記当事者間に争いのない事実と成立に争いのない甲第一ないし第一〇号証、第二三号証の一、二、第二四ないし第二七号証、第二八号証の一、二、第二九号証、第三〇号証の一、二、第三一号証及び証人岡田明太郎の証言(第一、二回)をあわせると、本件土地二反五畝一〇歩は、被告組合の施行にかかる耕地整理地区中用賀東耕区の一部で、被告組合が一部の土地を仮換地として指定しないでこれを保留し、これを他に売却してその売買代金をもつて耕地整理事業の費用の一部にあてるためのいわゆる組合保留地の一部であり、整理施行中に売却した保留地については、最終的には組合の特別処分によつてこれを右買受人に与え、知事の許可を得てその者をして右土地の所有権を取得せしめるに至るべき関係にあるものであるところ、東京都世田谷区玉川地区農地委員会は、本件土地が被告組合から訴外戸浪政次郎に売却され、さらに同人の死亡によつてその子戸浪春雄がこれを相続したものとし、同人は玉川地区内に居住していないので、本件土地は不在地主たる戸浪春雄の小作地であると認め、なお右土地については従前の土地に該当するものがなく、また耕地整理施行中でいまだ新地番の設定もなされていないので、便宜上世田谷区玉川用賀町一丁目一二七号なる仮番号をこれに付し、かかる表示のもとに自創法第三条第一項第一号により買収期日を昭和二三年三月二日として買収計画を定め、東京都知事はこれに基づいて同月二五日付で買収令書を発行し、これを戸浪春雄に交付し、さらに売渡期日を同月二日として、右土地中五畝五歩を原告高橋議平に、同じく五畝五歩を原告宍倉文司に、五畝歩を原告飯田兼照に、一反歩を原告広田弥吉にそれぞれ売り渡したこと、しかして右買収売渡しに伴う登記手続については、前記のように耕地整理施行中の土地で、かつ、従前の土地に相当するものがないため、いずれ耕地整理完了の際被告組合と連絡して設定さるべき新地番の土地として表示を改めるつもりで、とりあえず従来未登記であつた土地として世田谷区玉川用賀町一丁目一、四四六番の一から四までなる名目上の土地の保存登記を昭和二五年七月二〇日附で行うとともに、同日付で右一、四四六番の一畑五畝歩につき原告飯田のため、同番の二畑五畝五歩につき原告高橋のため、同番の三畑一反歩につき原告広田のため、同番の四畑五畝五歩につき原告宍倉のため、それぞれ自創法による政府売渡しを登記原因とする各所有権取得登記をしたこと、ところがその後、後記のように右原告らに対する本件土地の各売渡計画が玉川地区農業委員会によつて取り消されたにかかわらず、原告らは右取消しを承認せず、前記のように玉川用賀町一、四四六番の一ないし四の土地に原告らのためになされた所有権取得登記の抹消に同意しなかつたため、被告組合としては、換地計画及び特別処分について都知事の許可を求めるにあたり、とりあえず本件土地を被告組合の所有名義とし、権利関係につき争いがなくなるのをまつて右土地の真の所有者たるべき者に所有権の移転登記をすることとし、その方法として、さきに用賀東区内にある未登記の国有地で耕地整理施行上被告組合が払下げを受けたものにつき、昭和二五年五月一一日付で国有地として保存登記をするとともに同日付で被告組合のために払下げによる所有権取得登記がしてあつた玉川用賀町一丁目一、三四六番地稲干場二四歩、同一、三五六番地稲干場二〇歩、同一、四八二番地稲干場二五歩なる三筆の土地があつたのを利用し、本件土地を右各土地の換地とする形式によつて被告組合の所有名義に登記することとし、換地計画中にその旨を定め、都知事の許可を得て、昭和二八年八月一〇日付で別紙目録(一)記載一の土地を前記玉川用賀町一丁目一、三四六番地の土地の、同二の土地を同一、三五六番地の土地の、同三及び四の土地を同一、四八二番地の土地の各換地とした旨の登記を経由したことをそれぞれ認めることができ、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。これによつてみると、原告らの各所有として登記されている別紙物件目録(二)記載の各土地は、かかる土地としては実在するものでなく、単に耕地整理施行中に原告らが本件土地の所有権を取得したことを登記簿上に表示するため玉川地区農地委員会が便宜右のごとき地番地積の土地を実在する未登記土地として原告らのために売渡処分による所有権取得登記をしたものにすぎず、他方本件土地については別紙物件目録(一)記載の各土地として登記が現存するのであるから、両者は一応同一土地について二重になされた登記という形になつてはいるが、別紙物件目録(二)記載の土地についての登記は上記のように実在の土地についてなされた登記ではないから本来無効の登記であり、本件土地の登記としては同目録(一)記載の土地につきなされているそれが唯一の有効な登記であるから、原告らにして本件土地の所有者である限り、原告らは本件土地につきその所有者として表示されている被告組合に対して原告らへの所有権移転登記を求めうる筋合というべきである。もつとも、別紙物件目録(一)記載の土地は、上記のように被告組合が国から払下げを受けた上記三筆の稲干場の換地という形となつているから、本件買収及び売渡処分とは無関係であるかのようにみえるけれども、もともと本件買収及び売渡処分の対象とされた本件土地は前記のように組合保留地であり、右土地に対応する従前の土地なるものは存在しなかつたもので、右土地は耕地整理完了の際はあるいはいわゆる特別処分により、あるいは組合所有地に対する換地、さらに組合からの譲渡という形式により、右組合から売却を受けた者またはその者から買収売渡しを受けた者の所有に移され、登記簿上もそのような形でその者の所有権取得登記がなされる関係にあるものであるから、本件土地が適法に買収され、原告らに売り渡されたものである限り、原告らはその売渡しを受けた土地につき所有権を取得したものとして(厳密にいえば、かかる土地買収売渡しは、耕地整理完了の際確定的に創設されるべき土地所有権ないしはかかる所有権を取得すべき地位の買収又は売渡しというべきである。)登記簿上の所有名義人たる被告組合に対し、各その所有権移転登記を請求しうるものといわなければならない。この点につき被告組合は、本件土地については昭和三五年八月二二日付をもつて被告組合から訴外森住誠一外六名に対し所有権移転登記がなされているから、原告らの所有権移転登記手続請求に応ずることができないと主張し、本件土地につき右被告主張のような移転登記がなされたことは原告らの認めるところであるが、成立に争いのない甲第三二号証から第三五号証までによれば、本件土地については原告らの申請により昭和三四年九月十五日東京地方裁判所から譲渡その他一切の処分禁止の仮処分命令が出されており、同月十七日付でその旨の登記がなされていることが認められるから、被告組合は右移転登記をもつて原告らに対抗することができないものというべきである。

三、よつて進んで被告らの抗弁につき審究するに、成立に争いのない甲第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇号証、乙第一ないし第一五号証、証人真木不二三、同宮下智吉、同湯村秀夫、同瀬川応助の各証言をあわせると、次の事実を認めることができる。すななわち本件土地は、前記のように、不在地主たる訴外戸浪春雄所有の小作地として買収されたものであるが、その後訴外森住平吉が昭和二五年五月五日東京都農地委員会に対して、訴願書と題する書面を提出し、本件土地はすでに昭和二〇年五月一日に同人が戸浪春雄から買い受けてその所有者となり、これを耕作中のものである旨主張したことに端を発して、前記世田谷区玉川地区農地委員会において再調査を開始し、じ来種々の曲折を経て、結局昭和二七年九月一九日の右玉川地区農業委員会の総会において、右森住平吉の主張を正当と認め、さきにした本件土地の買収を取り消す旨決議し、同月二七日同委員会から東京都知事に対し農業委員会法第四九条により右取消に対する確認を申請し、東京都知事は昭和二八年三月一六日付でこれを確認したので、玉川地区農業委員会は同年五月一四日付で原告ら四名に対し、本件土地の買収売渡処分の取消しの確認があつたからその旨通知する旨の通知書を発し、右通知書はその頃原告らに到達したことを認めるに十分であり、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。被告らは、これによつてさきに玉川地区農地委員会がした本件土地の買収計画及び売渡計画は適法に取り消され、これに基づく本件買収及び売渡処分も失効したから、原告らは本件土地の所有権を喪失したものであると主張するに対し、原告らはこれを争うので、以下順を追つて各争点につき判断を加える。

(一)  原告らはまず、前記玉川地区農業委員会がなした取消処分なるものは、本件土地の買収計画及び売渡計画の取消処分ではなく、買収処分及び売渡処分そのものの取消処分であるところ、農業委員会はかかる買収処分及び売渡処分を取り消す権限を有しないから、右取消処分は権限なき行政庁の処分であつて無効である旨主張する。しかしながら、前掲甲第二〇号証及び乙第五ないし第八号証によれば、玉川地区農業委員会議事録及び同委員会の東京都知事に対する確認申請書においては、本件土地の買収計画及び売渡計画を取り消すものである旨の明示がなく、単にさきに買収した本件土地を取り消すとか、さきに買収、売渡しをした本件土地につき錯誤があることを発見したから右処分取消しの確認を申請する旨表示してあるにすぎないけれども、元来市町村農業委員会が取り消すことのできるのは自らがした買収計画及び売渡計画のみであつて、知事のした買収処分及び売渡処分を取り消す権限のないことは明らかであるから、市町村農業委員会が農地の買収及び売渡しに関する処分を取り消すと言つた場合には、他に特段の事由のない限り、買収計画及び売渡計画の取消しの意味であると解するのが相当であるのみならず、農業委員会法第四九条、第六条第一項第一号によれば、市町村農業委員会は自己のした買収計画または売渡計画を取り消す場合に知事の確認を求めなければならないとされているところ、本件においても玉川地区農地委員会は、前記のようにそのいわゆる処分取消しについて東京都知事の確認申請をし、同知事は右確認を与えたのであるから、同委員会のいう処分の取消しなるものが、都知事のした買収処分の取消しでなく、自らのした買収計画及び売渡計画の取消しの意味であり、東京都知事の確認もかかる意味の処分の取消しについて与えられたものであることは、この点からいつても明らかであるといわなければならない。もつとも、右玉川地区農業委員会から原告らに対してなした取消通知書においては、上記のように買収売渡処分の取消しの確認があつたから通知する旨の表現が用いられており、一見買収計画及び売渡計画の取消しでなく、買収処分売渡処分の取消しがなされたことを通知するものであるかのようにみえるけれども、右は単にその表現が正確でないというだけのことで、これによつて同委員会のした取消処分が本件土地の買収計画及び売渡計画の取消しであるとする上記結論に影響を与えるものではない。その他に右認定を覆えし、右委員会のした取消処分が買収計画及び売渡計画の各取消処分ではなく、買収処分及び売渡処分の取消処分であると認むべき証拠はない。それ故玉川地区農業委員会がした取消処分を買収処分及び売渡処分の取消処分であるとし、右は権限なき行政庁の処分であるから無効であるとする原告らの上記主張は、理由がない。

(二)  次に原告らは、玉川地区農業委員会がした取消処分が本件土地の買収計画及び売渡計画の取消処分であるとしても、右処分には重大かつ明白な瑕疵がある旨主張するので考えるに、

(1) まず原告らは、知事が買収処分及び売渡処分をした後においては、市町村農業委員会は単なるその前提行為であるにすぎない買収計画を取り消すことができない旨主張するけれども、買収計画及び売渡計画は買収及び売渡手続の一環をなす行為であつて、全体として農地の買収及び売渡しの効果を完成する手続の一部にすぎないとはいえ、それ自体独立した行政処分であるから、右処分が違法である限り、これに基づいて知事の買収及び売渡処分がなされた後においても、処分者たる市町村農業委員会がみずからこれを取り消すことになんら妨げはないから、原告らの右主張は理由がない。

(農業委員会法第四九条は、前記のように右取消しについて知事の確認を得ることを要求しているから、市町村農業委員会が自己単独の意見によつて買収、売渡計画の取消を行うということはありえない訳であり、上記解釈により実質上なんら不都合な結果を生ずることはないのである。)

(2) また原告らは、本件買収計画及び売渡計画の取消しについては、原告らに対する有効な告知がなされていないから無効である旨主張するけれども、右取消処分の告知の方式については法律上特段の規定がないから、相当と認める方法により関係者にこれを告知すれば足りるものというべきところ、原告らに対しては文書により右取消しの通知がなされたこと上記のとおりであり、右は告知の方法として相当と認められるから、玉川地区農業委員会の上記処分は告知を欠く瑕疵ありとすることはできない。もつとも右通知書においては、買収、売渡処分の取消しの確認なる字句が用いられており、その表現において正確を欠くことは上記のとおりであるけれども、右通知書を全体としてみれば前記委員会により買収売渡計画が取り消され、これにつき知事の確認があつたことを通知する趣旨であることを看取するに難くなく、右用語の不正確はいまだもつて右通知書を無効たらしめるものとはいえないから、原告らの上記主張も採用することができない。

(3) 次に原告らは、本件土地につきすでに売渡処分が完了した以上、右売渡しによつて権利を取得した原告らの既得権を侵害する程度に重大な公益上の必要がある場合でなければ、買収売渡計画を取り消して右売渡処分の効力を覆滅することは許されない旨主張するので考えるに、一般論として行政処分がなされた以上、たとえそれが違法であつても、右処分の取消しによつて生ずる不利益に優越する公益上の必要性のない限り処分庁自らがこれを取り消すことは許されないと解すべきこと原告らの主張するとおりであるけれども、農地の買収たるや個人の所有権に対するきわめて重大な侵害であつて、もともと公共の福祉のためのきわめて強い要請に基づいてのみ憲法上是認されるような強制措置であるから、かかる処分が法律の定める要件に違反して行なわれ、買収すべからざる土地を買収したというような場合においては、原則としてこれを取り消して右土地を旧所有者に復帰せしめることこそかえつて公共の福祉に合致するゆえんであるものというべく、右違法処分によつて旧所有者の受けた被害は、これによつて権利を得た新所有者が右処分の取消しによつて受ける被害に比し遥かに大なるものがあるといいうるから、他に特段の事由のない限り、処分行政庁において右処分を取り消すことを妨げないというべきである。しかして本件土地の買収計画は、前記のように現実の耕作者である訴外森住平吉の所有土地を不在地主たるその前主戸浪春雄の所有土地と誤認してなされた違法な処分であるという理由で玉川地区農業委員会によつて取り消されたものであり、その結果原告らが受ける被害が右取消しによつてもたらされる利益に優越すると認めるに足りるような特段の事由はどこにも見当らないから、本件取消処分にはこの点に関する限りなんらの違法はなく、原告らの上記主張もまた排斥をまぬがれない。

(4) 最後に、玉川地区農地委員会が定めた本件土地の買収計画及び売渡計画は適法な行政処分であるから、これを違法な処分であるとして取り消した同委員会の処分は違法である旨の原告らの主張について判断する。右買収計画が、訴外戸浪春雄を本件土地の所有者であるとしてなされたものであり、それがその後在村地主である訴外森住平吉の所有であつたことが判明したという理由で取り消されたものであることはさきに認定したとおりであるから、右買収計画当時本件土地の所有者が果して右森住平吉であつたかどうかを検討するに、前掲乙第一ないし第三号証、第一六号証と証人岡田明太郎の証言(第一、二回)をあわせると、前記戸浪春雄と森住平吉の間には、昭和二〇年五月一日付で本件土地(ただし表示は世田谷区玉川用賀町一の一、四八二となつている。)を戸浪から森住に代金坪一七円合計金一二、九二〇円で売却し、内金二、九二〇円の代金を受領した旨の土地売渡契約書が作成されていること及び戸浪政次郎相続人戸浪春雄と森住平吉の連署で昭和二一年八月一〇日付をもつて被告組合に対し同組合換地残存地第一九号面積七六〇坪が戸浪から森住に譲渡されたことを理由とする名義変更願が提出され、被告組合から耕地整理に関する測量、登記その他の事務を請負つていた訴外合資会社高屋事務所において同月一三日これを受理し、さらに森住らから金一〇〇円の名義変更手数料を領収し、同日付のその旨の領収証を発行していることを認めるに十分である。もつとも、この後の点については、前掲乙第一六号証によれば、前記高屋事務所において前記名義変更願が受理された日として昭和二〇年八月一三日の日付印が押捺されており、申請書の日付と約一年の相違があるので、一見直ちに信を措くべからざるもののようにみえるし、また成立に争いのない甲第一六号証の一によれば、用賀東耕区長飯田武治が右名義変更関係書類は自己の知らないものであり、偽造書類であるから無効である旨確認書を発行していることを、また成立に争いのない甲第一三号証の二、第二一号証と、原告高橋議平本人尋問の結果によれば、玉川地区農地委員会においては本件土地その他の土地の買収に関する調査のため昭和二二年三月前記高屋事務所に赴いて用賀東耕区の土地所有関係を調査したところ、同耕区の換地確定図(甲第二一号証)には本件土地の所有者たるべき者として戸浪春雄の氏名が登載されていたので、同人が本件土地所有者であると確信したことをそれぞれ認めることができるけれども、成立に争いのない乙第一八号証と証人岡田明太郎の証言(第一、二回)によれば、乙第一六号証における日付印は、当時高屋事務所には昭和二一年の日付印がなく、便宜上昭和二〇年の日付印を用い、二〇年を二一年に訂正していたのであるが、右戸浪森住両名の名義変更願の受理日付印の場合には右の二〇年を二一年と訂正するのを失念したものであることが認められるし、前記甲第一六号証の一の飯田耕区長の確認も、岡田証人の証言によれば、被告組合における耕地整理関係の事務は専ら前記高屋事務所がこれを行い、耕区長はその内容の詳細を知らないことが認められるから、同人のした証明や確認にはたやすく信憑力を認めることができず、また玉川地区農地委員会が高屋事務所において行つた調査についても、その基礎となつた乙第二一号証の換地確定図は、前記岡田証人の証言によれば、すでに昭和一九年頃確定したところに従つて作成されたものであることが認められ、これによれば、右図面上本件土地の所有者たるべき者の氏名が戸浪春雄となつていたことはあえて異とするにあたらないわけであるから、結局上記各事実はいずれもさきの認定を覆えすに足りるものとなし難い。

証人堀内懿三郎の証言中上記認定に反する部分は措信し難くその他にこれを動かすに足りる証拠は存在しない。(この点に関する甲第一二号証の記載も成立に争いのない乙第一六ないし第二〇号証及び証人岡田明太郎の証言(第一、二回)に照らすときは右認定を左右するに足りない。)そして右認定の事実に加うるに、前掲岡田証人の証言によつて認められるように土地区画整理施行中におけるいわゆる保留地の売買については、これを登記する方法がないため、一般に当事者から整理施行者に対して譲渡の届出をすることによつて整理施行者との関係において譲渡の効力を生ぜしめるという取扱いがなされていることを考えるときは、反証のない限り、上記売買契約書の日付の頃に戸浪春雄から森住平吉に対して本件土地が譲渡されたものと推認するのが相当であると考えられる。しかるところ原告らは、右戸浪森住間に真実本件土地の譲渡があつたことを争い、上記売渡契約書はむしろ本件土地の買収をまぬかれるためいわゆる農地買収の基準日である昭和二〇年一一月三〇日より前の日付で売買がなされた旨を仮装した虚偽の文書であり、このことは、本件買収計画前昭和二二年三月に玉川地区農地委員会がいわゆる一筆調査を行なつた際森住は自己が本件土地の所有者たることを主張しなかつたこと、同委員会及び東京都知事が戸浪春雄を本件土地の所有者として買収計画及び買収処分を行なつたのに、戸浪からも森住からもなんらの苦情の申し出がなく、買収手続は平穏かつ公然と終了したこと、さらに森住は昭和二四年一一月二〇日に離作承諾書を委員会に提出していることなどの事実に照らして明らかである旨抗争し、成立に争いのない甲第九ないし第一一号証、第一八号証、第一九号証の一、二、第二一、第二二号証、乙第四号証、原告高橋議平本人尋問の結果によつて成立を認めうる甲第一七号証と証人真木不二三の証言及び原告高橋議平本人尋問の結果をあわせると、(イ)本件買収計画前昭和二二年三月頃玉川地区農地委員会が行なつたいわゆる農地の一筆調査においては、本件土地の所有者は戸浪春雄で森住平吉はその耕作者である旨申告されたような形になつていること、(ロ)本件買収計画に対しては戸浪からも森住からもなんら異議の申し出がなく、森住が正式に本件買収処分に不服を唱えたのは、前記のように昭和二五年五月五日に東京都農地委員会に訴願と題する書面を提出したのが最初であること、(ハ)戸浪春雄は昭和二四年九月二九日同人あての本件土地の買収令書を受領しているが、直ちにこれに対して異議を述べた形跡はなく、ようやく昭和二五年九月一〇日に至つてはじめて本件土地はすでに森住に売却済みであるからという理由で玉川地区農地委員会に右買収令書を返送していること、(ニ)本件土地については前記のように原告ら四名に売り渡す旨の処分がなされているが、売渡しを受ける適格を有していないとはいえ森住平吉が現実に本件土地の耕作者であるため、玉川地区農地委員会としては、本件土地の売渡手続を円滑にするため昭和二四年一月二〇日、同委員会用賀東部落補助員であつた原告高橋議平外二名が森住平吉方を訪れ、病臥中の同人に代る妻のダイと交渉した結果、同人は本件土地とほぼ同一面積の代替地の提供を受けるという条件で本件土地からの離作承諾書を高橋らに交付したが、右承諾書においても本件土地の買収前の地主の氏名は戸浪春雄と表示されていること、(ホ)右のように、森住平吉は本件土地の買収そのものについては当初は必ずしも正面からこれを争うという態度を示しておらず、同人の不服の理由はむしろ本件土地の売渡を受けられなかつたこと及びその代替地として提供された土地が意に満たなかつたことにあつたようであり、前記東京都農地委員会に提出した訴願書における不服理由も、主として右の点に力点が置かれていることをそれぞれ認めることができ、これらの事実に加うるに前記戸浪森住間の本件土地売買契約における売買代金中残代金一万円については森住においてその後これが支払いをなした形跡がなく、戸浪から森住に対して残代金の支払を督促した様子も窺われないことをあわせて考えるときは、果して真実戸浪が森住に本件土地を売却し、森住が右土地の所有権(厳密にいえば換地完了の際所有権を取得すべき地位)を取得したかどうかには大きな疑問を投じてしかるべきもののような感がないでもない。しかしながら、戸浪春雄がことさらに森住との間の売買を仮装する理由としては、他に特別の事情のあつたことは認められないのであるから、もしありとすれば、本件土地の買収をまぬがれるという以外には考えられないところ、もし真に戸浪がこのような理由で売買契約を仮装したものであるとすれば、戸浪は本件土地買収の事実を知つた際直ちに自ら直接に又は森住をして上記売買契約書や被告組合への譲渡届出に関する書類を提出して不服を唱えしめる等の措置に出るのがあたりまえであると考えられるのであつて、同人が上記(イ)及び(ロ)のように本件買収処分に対してあたかも傍観者のごとく比較的冷淡な態度を示しているのは、かえつて上記売買契約が真実のもので、戸浪としてはすでに売却した本件土地の運命にさほど関心がなかつたためであるとも考えられるし、他方森住平吉又はその妻ダイにおいて本件土地の所有者が戸浪春雄であつて森住平吉は単なる耕作者にすぎないものとして買収売渡手続が行われていることに対してつよい抗議を発することなく、むしろこれを承認するがごとき態度を示している点についても、森住としては上記のように本件土地の売買代金の大部分が未払となつている関係上確定的に本件土地の所有者となつたと主張するまでの確信がなく、むしろ買収売渡しの手続によつて本件土地又はこれに代るべき相当な土地の所有権を取得することができればそれでよいと考えていたため右のごとき態度をとつたものとも考えられないことはなく、また戸浪が森住に対して売買代金の支払をつよく督促した形跡がないことも、その理由としては戸浪と森住の間に特別の関係ないしは特別の話合があつたためであるとか、戸浪自身があまり本件土地に関心や執着がなかつたためであるとか、いろいろの理由が考えられ、当然には右売買が真実のものでなく仮装のものであつたためであるとなすことはできず、また本件土地の所有権についても、売買代金の大部分が未払であるとはいえ前述のように本件土地の買収処分前の昭和二一年八月一〇日付で戸浪と森住の連署により被告組合に対し譲渡を理由とする名義変更願が提出されているところからみても、遅くともその頃までには戸浪から森住に譲渡されていたものと考えられる(当時の農地調整法等では右のような農地の譲渡につき許可は不要であつた。)のである。

以上かれこれ考え合わせるときは、上記(イ)ないし(ホ)の諸事実は、いまだ戸浪と森住の間に本件土地の売買による譲渡が行なわれたとする上記認定に対する決定的な反証とするには足りないというべきである。

証人高橋徳次の証言及び原告高橋議平本人尋問の結果中原告らの主張に沿う部分は信を措き難く、その他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。してみると、本件買収計画当時本件土地の所有権はすでに戸浪春雄から森住平吉に譲渡せられていたわけであるから、戸浪春雄を本件土地の所有者であるとし、本件土地を不在地主の小作地であると認めてした本件土地の買収計画は違法であり、したがつて右買収計画及びこれに基づく原告らに対する本件土地の売渡計画を右の点において違法と認めてしたその取消処分には、なんら瑕疵なき処分を取り消した違法があるとすることはできない。(少くとも右取消処分に重大明白な瑕疵があつて、同処分が当然無効であるということはできない。)よつて原告らの上記主張は理由がない。

四、以上の次第で、被告らの抗弁は理由があり、原告らに対する本件土地の売渡処分は玉川地区農業委員会による本件買収計画及び売渡計画の取消処分によつて効力を失い、原告らは本件土地の所有権を喪失したものといわざるをえないから、原告らが本件土地の各所有者であることを前提とする本訴請求は、その余の点につき立ち入るまでもなく失当として棄却をまぬがれない。

よつて、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適法して原告ら四名にこれを負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 中村治朗 大関隆夫)

(別紙物件目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例